10日ほど前から桐生先輩と佐々木くんが付き合い始めた。部員たちにもまだ秘密。
ふたりとも初めてのお付き合いなのです。いいカップルだ。嬉しいな。
嬉しいのに、だけど、桐生先輩からその話を聞いた夜、私はなぜか全然眠れなかった。
少し泣いては布団に転がったり机に向かったりまた布団に転がって少し泣いたりして、完全に変だった。なぜ自分はこんな異常事態に見舞われているのだろう、と覚めた頭で天井を見つめていたら夜が明けてきた。
あんなに自分の気持ちを正体不明のままに持て余したのは初めてだった。

変なふうに苦しかった。私は何がこんなにショックなんだろう。3日くらい気持ちの整理がつかないまま、ぼんやり生活した。
ふたりのことはとても好きだし、だからこそ、あのふたりでよかったと思う。それは本当なのに、やり切れない。
もちろん、お互いに駄目な恋愛観を嘆き合っていたはずの女友達に彼氏ができて裏切られた気分だとか、可愛い後輩男子に彼女ができちゃってショック(でもこれはほとんど無い)だとか、そういうことはあるし、確かにこのショックは複合的なものなんだけど、断然、
桐生先輩が佐々木くんに取られてしまった、というのが大きかった。

つまり佐々木くんへの嫉妬だ。
でも私は、桐生先輩がとても好きなので、その感情は予想の範囲内のことで意外なことでは無い。
それは周りにとってもそうだったようで、佐々木くんは申し訳無さそうに「横取りした感じですね、すみません」と謝ってくれた。佐々木くんにちゃんと話したことがあったわけでもないのに、女同士の、男子には理解しがたいだろう同性愛的な感情を分かってくれていて、びっくりした。
別に桐生先輩は私のものじゃないんだから、ばかだね、謝るんじゃないよ、と思ったけど、嬉しかった。嬉しがってどうする。

でも、まさかこんな、まして無自覚な感じのまんま、めそめそ泣いてしまうほどとは!
桐生先輩をあんなに綺麗にしたのは佐々木くんであること。言い寄る男子すべて拒否してきた桐生先輩が、佐々木くんを受け入れたこと。きっとこれから、佐々木くんしか知らない桐生先輩が増えていくだろうこと。
いろいろと羨ましく、悔しかった。
だからといってふたりの関係を、私は絶対に、壊したいわけではないのだから、私はひとりきりで、この気持ちを弔うしかなかった。

でもずっと頭からふたりのことが離れなくて、しんどかった。
事情を知っている鴻野くん(佐々木くんと仲良し)と学校でたまたまふたりきりになったとき、ものすごい勢いでそれを吐き出した。鴻野くんはさぞ迷惑だったろう。どうでもいいだろうに。
しまいに「いいよな、男は。女の子と付き合えてさ」などと吐き捨てる私に「完全にレズビアンの発言ですね」。「だってさあ、これから佐々木くんはさあ、桐生先輩としたりするわけでしょ」「そうですね」「ずるいじゃん」「…分かりません」
鴻野くんはずっと首をかしげていた。
でもその夜は、よく眠れた。

一年くらいお互い別のひとに(不毛な)片思いをしていた佐々木くんと桐生先輩が、いま、ふと向かい合って恋愛を始めたこと。それが、とん、とん、とん、と当たり前みたいに始まったことは、これから長くなるだろうお付き合いを予感させて、嬉しいことだ。
失恋というには、立ち直りが早いと思うけど、これは、どうなんだろう。失恋か。そうなのかな。そうかもしれない。
多分、桐生先輩・佐々木くん、それぞれから話を聞くのは平気だ。でもまだ、ふたりそろった時に会ってないので、少し緊張する。嫉妬心のかけらも、私は出さないようにしたいのだけど、できるかな。